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寄付月間キャンペーン2024 エッセイ③


ゆっくりと私を育てる


執筆者:花岡燕


「なぜこのタイミングで…」


悪い出来事が幾重にも重なって追い打ちをかけてくることがある。


2人目が生まれて間もない頃、元夫が鬱病になった。


ただでさえ大変な期間に「なぜ…」と心が重くなった。私は産後鬱にかかっていたので、元夫の症状に気付くのが遅れたのも痛手だった。幸いにして私の鬱はいつの間にか回復していった。それどころではなくなったというのが正直なところだが。


発症から1年。人生の船が沈むのを必死で食い止める日々。私は、暗い影響から子どもを守る防波堤となり試行錯誤していた。


ある日、ポッドキャストから「ランニングは抗うつ薬と同等の効果がある」と流れてきた。


頭の中では、走ってハツラツとした私を見て、元夫が「俺も走ってみるよ」と言い出す場面を思い描いていた。…きっと上手くいく。


「走りたいんだけど…」


恐る恐る元夫に聞いてみると、子どもが寝ている間という条件付きでOKが出た。


その日の夜からランニングが始まった。


暗闇の中、起きませんようにと、小さく柔らかな寝息を肌に感じながら、息をひそめて布団からはい出た。


ランニングコースは、住宅街を抜け、ビルの間を走り、公園の池を一周する。


治安に少し不安がある場所に住んでいたので、ひと気がない時間は、あたりを見まわしながらドキドキしながら走った。


それでも目標の池に到着する頃には、日々の渦を巻くような不安な気持ちが薄れ、ハアハアと心地よい息の音に包まれる。


高層ビルの明かりが反射する黒い水面や、鴨の揺れるしずく型のお尻を見ていると、日常を忘れほっとした気持ちになれた。


その時の自由さと開放感は私を元気にしてくれた。


しかし、自分には良い感じに思えたランニングは、元夫への影響は微塵もなかった。


それどころか、とんでもないことに元夫は、鬱病から躁鬱病になり、離婚、調停、引っ越しなど、私は人生の大嵐に巻き込まれることになった。なんとか息継ぎをするだけの日々、いつの間にかランニングどころではなくなっていた。


あれから5年。嵐は過ぎ去り、2人の子どもは小学生になった。


今は自然豊かな場所で、母と子の気ままな3人暮らしをしている。


心が回復するまでしばらくかかったが、最近ストレッチや散歩をしたりと、自分の体を気にする余裕が出てきた。


そして、あの時以来のランニングを始めた。


朝、玄関から振り返り「一緒にいかない?」と子ども達を誘う。


「ゲームが良い〜」とお決まりの態度。目が合うと「いってらっしゃ〜い」と、2人揃って白い歯を見せてくれる。


ランニングコースは近所の川沿いだ。広い空に朝日が眩しい。


白い手すりの橋を渡ると、左手に緑の手をひょろりと伸ばした藤棚がある。光る水面は、鴨達の動きに合わせて綺麗なドレープを描いている。


私はあの頃と同じように、鴨のお尻を眺めて癒されている。


ただ前と違うのは、他人のためではなく、自分のために走っているということだ。


人生の大嵐の後、何度も繰り返す記憶の亡霊を心の箱にしまい蓋をした。「結婚してから、ずっと他人に人生をゆだねていたんだ」と認めたくない事実に気づいたのは、蓋の隙間から見えた、幸せな頃の記憶がきっかけだった。


それからは、「自分で自分の人生を生きる」と決意し、慈しみながら自分を育てている。


ランニングは、そんな私の育成方法だ。


今は、走っていると肌にあたる風が心地よい。遠くの山には小さなお城が見える。


草刈り後の草の匂い。金木犀の匂い。自分の汗の匂い。くんくんと色々な匂いを嗅ぎながら、私は私の人生を生きている実感が嬉しい。


五感を開放しても怯えなくてもいい幸せを感じながら、もう少しお尻が小さくなるといいのに、と贅沢な悩みを持てる自分の体を愛おしく思う。


寄付月間キャンペーン2024ご寄付のお願い
最後までお読み頂きありがとうございました。このエッセイは、寄付月間キャンペーン2024のために、シングルマザーの 花岡燕 さんが執筆しました。NPO法人シングルマザーズシスターフッドは、シングルマザーの心とからだの健康とエンパワメントを支援する団体です。ご寄付は、「シングルマザーのセルフケア講座」の運営費として大切に使わせていただきます。ご寄付はこちらの寄付ページで受け付けております。


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